終わりのない後悔の旅。桜木紫乃『無垢の領域』

『ホテルローヤル』で直木賞を受賞した桜木紫乃の受賞後1作目。いつも通り釧路です。

「革命児」と呼ばれる図書館長の信輝、筆を持つことしか知らぬ書道家の秋津、秋津の妻の伶子。三者三様の冷たく重い視点がぐるぐると回されながら、介護を受ける秋津の母と、3人の前に現れた純粋無垢な信輝・妹の純香が物語に大きく影響を与える、という構造。そのコントラストは、まさしく白い紙と黒い墨のようです。

桜木紫乃が描く人物像は、冷たくて重いのだけれど、どこか愛嬌があります。戸惑い、悩みながら、同じ場所を回り続ける「観光客(ツーリスト)」としての彼らは、愛おしい。逆に、自分を失っていく(かのように見える)秋津の母と、もともと自分が無い(かのように見える)純香の姿は、真っ白な紙のようで、真っ黒な墨のようでもあります。

だけれども、そんなに真っ白だったり真っ黒だったりする人間はいない。秋津の母には詐病の兆候が見え隠れします。そして終盤、物語全体を通して初めて登場する純香の一人称では、それまでの外から見た描写からは想像できなかった、人間的な感情を持て余してしまうひとりの人間としての彼女が描かれます。その事実にようやく到達できた読者を、桜木紫乃は一瞬で奈落の底に落とすのです。

終盤の展開はあまりにも唐突で、その唐突さこそが圧倒的にリアルです。そうして、それすらも冷たい空気の中で消えていき、信輝は最後、竜に睛を入れて「旅行者(トラヴェラー)」になる。見事な構成です。惚れ惚れしますね。

いつまでもいつまでも、応えはなかった。死はどんな問いも受けつけない。

人生は後悔の旅路。丁寧な筆致は、冷たく重い釧路の空気を現前させます。

ああ、それにしても純香かわいいよ純香(だいなし)。

http://www.shinchosha.co.jp/book/327723/
遡るラブホテルと人間の記憶。桜木紫乃『ホテルローヤル』 - From The Inside