文学の自由と不自由。視覚死角刺客詞客始覚四角資格視角。阿部和重『□ しかく』

角貝ササミを蘇らせるには、まずは三六五日以内に、特定の四つのパーツをすべてそろえなければならない。

□ しかく

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阿部和重といえば『アメリカの夜』であり『インディヴィジュアル・プロジェクション』であり『鏖』であろう……とまず思ってしまう僕は、お察しの通り「初期阿部和重」のファンであり、実のところ途中で離れてしまったので『シンセミア』も『ピストルズ』も読んでいなかったりします。あの重厚長大な、設定を細かく練り尽くした世界観のもとで描かれる物語に引かれつつも、やはり僕は阿部和重のスパッと始まって終わるスピード感のある文章が好きだったのだなあと改めて思うのでした。

だから、新作が「しかく」というミニマルなタイトルと装丁で、4つの季節からなる連作短編であったことは、久しぶりに阿部和重の世界へと飛び込むには丁度良い機会であったのでしょう。

著者初のホラーサスペンスであるという本作は、阿部和重でしかあり得ないような、現実離れした、マジメにやっているはずなのだけどそのこと自体が滑稽になってしまう、狂った小説です。よく分からない世界観、よく分からない設定のもと、よく分からない会話をする2人の男が、よく分からない不気味な女やマッドな歯科医や虐殺しまくりのカニバリスト集団を相手に「四つのパーツ」を集めます。かつてのホラー映画やホラー漫画にあった「ホラーを突き詰めるとギャグになる」を体現するかのごとく、血まみれで人死にまくりのストーリーを淡々と進める本作はもはやギャグでしかありません。感情の起伏に乏しいミニマリスティックな文体は、怖さとおかしさを同居させ、物語そのものを浮遊させます。

インタビューによると、著者は本作を「なにも決めずに書く」という課題のもと執筆したといいます。「しかく」というタイトルからの連想ゲームのようなギミックの数々は、まさに「自由に、一筆書きで書いた」かのようなスタイルだからこそなのでしょう。ところがそうしてできた作品のタイトルが「しかく」であり、文章があまりにも阿部和重でしかないようなものになってしまっているのは、なにも決めずに書いたら自分自身が色濃く出てしまったという、自由であるが故の逆説的な不自由さを浮き彫りにします。これを作家性と呼ぶのは簡単ですが、事はもっと深刻で、自由に書いたら「しかく」くなってしまったなんておかしすぎるし笑えません。

引き攣った笑いだけが延々と続くような読書体験を、ぜひどうぞ。Kindle版もありますよ。

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