足りない、足りない、足りない。阿部共実『ちーちゃんはちょっと足りない』

いっぱい欲しいよ いっぱい欲しいよ なんでもいいから
私たちはなんでこんなに足りないの? 余った物でいいからちょうだいよ何か

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最終回の雑誌掲載時に、あまりの衝撃から衝動的なエントリーをアップしてしまった阿部共実『ちーちゃんはちょっと足りない』の単行本が発売されました。大傑作です。季刊誌「もっと!」連載時から読んでのたうち回っていました。本当に、本当にこれは良い。

本作は、週刊少年チャンピオンで『空が灰色だから』というオムニバスマンガを連載していた作者の、初の長編ストーリー作品です。苦笑いコメディとほのぼの良い話と不条理ギャグと閉塞的な鬱話をオムニバスという手法で使い分ける名手として名をあげた作者が、長編ストーリーで何を描くのか……と思っていたら、始まったのは「阿部共実流『よつばと!』」でした。

1話を呼んだとき、本当に「よつばと!」を想起しました。あまりに純粋無垢な主人公と、それを見守る周囲の人々と、たわいもない日常。違うのは、舞台が作者お得意の「団地」と「学校」であること、そして、純粋無垢な主人公「ちーちゃん」が中学2年生であることです。

ちーちゃんはちょっと足りない|秋田書店(1話試し読み)

友人のナツと旭、ちーちゃんに勉強を教える奥島くんと如月さん、そしてちーちゃんを見守る姉。ちーちゃんは周りの人に恵まれています。それでも、純粋無垢で傍若無人なちーちゃんは、自分は持っていないと、もっと欲しいと言います。足りない。

そしてそれは、ナツも同様です。奥島くんと如月さんはどうやら恋人同士のようだし、旭も先輩と付き合っているようだ。3人とも頭が良い。自分は何も持っていない。ナツは自分たちを「本当何もないな」と考えます。

そうして、たわいもない日常と、足りなさを覚える心情とのコントラストに覆い被さるように、ある事件が起きて、物語は大きく動きます。たわいもない日常の物語を読んでいたら、突然、地獄の釜の蓋が開く感覚。『空が灰色だから』で、ひとつひとつ別の物語として描いていたものを、本作では「地続き」で描いています。純粋無垢な少女の日常は地獄につながっている。地獄の主人公の役割は、友人という位置づけだったはずのナツに割り振られます。

終盤の、とても分かりやすい救済は、とてもとてもストレートで、読んでいて恥ずかしくなるくらいに真っ直ぐです。ちーちゃんも旭も救済されます。でもそこにナツはいない。ナツは「間の悪い少女」です。だから「分かりやすい救済」の場にすら立ち会えない。1人だけ足りないのです。

この世界は足りない。純粋無垢な少女が人に恵まれて、きちんと救済されて、イヤなヤツは実は良いヤツで、誤解は解けて、和解できて、「ちょっと足りなくたってどうだって楽しんで生きていける」はずなのに、そんな奇跡のような世界でさえ、それでも足りない。なぜなら、この世界は地獄だからである……。本作は、そうしたこの世界の足りなさを、最悪の描き方で突き付けます。

ちーちゃん同様、純粋無垢な物語です。だからこそ、最終回のナツのすべての表情に心を搔き毟られます。ちーちゃんとナツのあふれんばかりの笑顔を見て、檻に自らを閉じ込めた彼女たちの「ちょっと足りない」ラストシーンに絶望を覚えましょう。欠損の美学。この物語は、あまりにも美しい。

思わずちーちゃんを抱きしめたくなっちゃったけど
私がそんなことしたら気持ち悪いよね あはは
どうでもいいやそんなこと

阿部共実「ちーちゃんはちょっと足りない」感想まとめ - Togetter

……胃を痛めて手に汗握ったあとは、同時発売の『ブラックギャラクシー6』を読みましょう。実は毒まみれなんだけど、基本はコメディなので、ちーちゃんの後だとホッとすること受け合いです。

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