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From The Inside

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アッバス・キアロスタミ『ライク・サムワン・イン・ラブ』は世界の豊かさを教えてくれる

Like someone in love.

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キアロスタミ最新作「ライク・サムワン・イン・ラブ」

初めて見たアッバス・キアロスタミ監督の作品は、たしか『桜桃の味』だったと思います。まだ幼かった僕はその魅力を存分に味わえなかったように記憶していますが、心の片隅に「こんな表現があり得るのか」と引っかかり続ける作品でした。

そんなキアロスタミ監督の最新作です。舞台は日本、キャストはすべて日本人、スタッフもほとんど日本人。うわあどうなるのと思ったら、これが本当に素晴らしかった! どうしてイラン人にこんなにも見事な日本が描けるのか? と同時に、日本でしかあり得ないのに日本ではない場所のような空間をどうしてこんなにも魅力的に撮影できるのか? こんなにもミニマムなストーリーからどうしてかくも世界が豊かであることを暗示できるのか? 脱帽というほかありません。

登場人物の素性や設定などは作中でほとんど説明されませんが、お話がとてもミニマムで、主要な登場人物もたったの3人ということもあり、徐々にその人がどういう人で、何を考えていて、カメラが当たっていない部分で何をしているのかが透けて見えてきます。この「カメラが当たっていない部分」という思考こそがポイントです。この映画は極めてミニマムに人生の一場面を切り取ることで、「カメラが当たっていない部分」の豊かさを観る者に提示します。

映画『ライク・サムワン・イン・ラブ』予告編 - YouTube

デートクラブでアルバイトをする明子は、彼女に会うために上京してきた祖母に会いたかった。でも今日の仕事は明子ではないとダメなのだという。仕方なくタクシーに乗り込む明子は、車内で何件もの祖母からの留守番電話を聞く。駅でひとり待つ祖母を車内から探し、それでも彼女は相手の家へ向かう。呼んだのは、80歳を超えた元大学教授のタカシ。彼の家に飾られた妻の写真は、明子によく似ていた。タカシは料理とお酒を用意するが、祖母のことをで頭がいっぱいの明子は手をつけずに寝室へと向かう。翌朝、明子の大学へ車で送ったタカシは、明子と言い争いをする婚約者のノリアキと出会う。彼はタカシを明子の祖父だと勘違いし、タカシは話を合わせるが——。

祖母からの留守番電話。エラ・フィッツジェラルドの『Live someone in love』が流れるタカシの部屋。壁に飾られた矢崎千代治の『教鵡』。車中でまどろむ明子。そして3人の車中での奇妙なディスコミュニケーション。物語はたったの24時間にも満たないのに、このフィルムは映画というフレームの外側にある、それぞれの人生と、膨大な世界を感じさせてくれます。窓ガラスや車のフロントガラスなど、反射する「境界」を効果的に使用している点も見逃せません。ガラス越しに見る世界は、とても豊かで、めまいがしそうです。

映画のストーリーと同じ順番で撮影をすることで知られるキアロスタミ監督。主演の3人は、毎日「その日の分の脚本」しか渡されなかったそうです。つまり、観ている観客と同様に、演じている3人も、その先や、あるいは自らのバックグラウンドを知らずにセリフを発しているのです。だからこそ、この映画は「カメラが当たっていない部分」への想像力にあふれた空気が流れているのでしょう。

世界の豊かさに呆然とし、小さな出来事に笑い、そして通じ合えず空転する言葉の数々にため息をつく。そんな映画です。

http://www.cinemacafe.net/news/cgi/report/2012/05/12832/
感情の揺れとらえるキアロスタミの魔術 カンヌ映画祭リポート2012(3) :日本経済新聞
http://www.cinemacafe.net/news/cgi/report/2012/09/13848/
河北新報/(6)表現への規制厳しく/キアロスタミ監督の『ライク・サムワン・イン・ラブ』 - シネマに包まれて-映画祭報告
加瀬亮が語る『ライク・サムワン・イン・ラブ』の魅力とは|ニュース@ぴあ映画生活(1ページ)