「そうだ2人でパーティを抜け出さない?」――阿部共実『死に日々』2巻

天才としか言いようがない。

あなたが今からくる世界はパーティのように
たくさんの人やものであふれているんだよ

好きなときに歌い
好きなときにおどり
好きな人とおしゃべりしてもいい
好きな人を見てるだけでもいい

もし疲れたら隅で座ってもいい
休んでもいい
見なくてもいい
聞かなくてもいい

嫌なことなんて気にしなくていい
楽しいことしかないんだから

『空が灰色だから』『ちーちゃんはちょっと足りない』の阿部共実、1年ぶりの新刊。Champion タップ!連載のオムニバス作品をまとめた第2巻です。

阿部共実が天才であることはもはや異論は無いと思うけれども、本作はさらに新境地をひた走っており、もはや同じ作家とは思えないレベルで独自の路線を突き進んでいます。

Web連載であることから、ページ数に縛りが無く、極めてフリーフォームに展開されるのが本作の特徴です。2巻では、その傾向がさらに加速しました。

週刊ヤングマガジンに掲載されたコメディ調の読み切り「なくした僕の心はどこにあるのか」で幕を開ける本作は、阿部共実らしいメタ感満載の会話劇「僕の夢の中のあの子は僕の夢の中のあの子の夢の中ですらどうせ僕を夢見ない夢を僕は見る」、阿部共実らしい少女たちの物語「友達なんかじゃない」、阿部共実らしい不条理マンガ「ススーーパパーー加加藤藤ささんん」、阿部共実らしい残念な女性コメディ「アルティメット佐々木272」と、これまでの阿部共実作品らしい展開で前半を終えます。

ところが、週刊少年チャンピオンに掲載された極めて暗い短編「おなじクラスの鈴木くんのねこの人形」を経て、本作は完全に別次元へと到達します。

阿部共実史上でも最も素晴らしい作品のひとつである「8304」が、本作のハイライトです。こちらについては、あまりの素晴らしさに、発表時点で全ページが素晴らしいという話を延々としました。Web上でも大変話題になったのが記憶に新しいところです([B! 漫画] 死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々 第14話 | 阿部共実)。

minesweeper96.hatenablog.com

そこから、まるでナツと旭のいない『ちーちゃんはちょっと足りない』のような作品「日々」へ。

tap.akitashoten.co.jp

そして、個人的に最高傑作だと感じる「7759」で幕を閉じます([B! 漫画] 死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々 第17話 | 阿部共実)。

「7759」に関しては、発表直後から何か書きたいと思いながら、こんなにも圧倒的なものに対して何も書けるものがないと挫折し続けました。

あるバイト先の先輩が辞めるとなって、趣味が合うので一緒に遊びにいって、気付いたら一緒に住むことになって……そして主人公の誕生日の日に、彼女は倒れる……という流れを逆行していくこの物語は、人形のような人が好きだったという主人公の独白により、なんらかの形で彼女を殺害したことを示唆する内容になっています。何かが足りず「僕は人間じゃないんです」と懺悔する主人公の姿と並行して、物語はふたりの記憶を逆行し、そして彼女の生まれくるそのときまで遡っていきます。祝福を受けて生まれてきたその瞬間を、世界は美しく、人間は美しいものを美しいと感じられるという言葉を描きながら、同時に「圧倒的に足りない」主人公の絶望を打ち出します。

世界は美しいが、同時にあまりにも足りない。『ちーちゃんはちょっと足りない』は足りない世界を描き、「8304」は「足りない自分と足る他者」という想いを「本当に他者を見ているか」という視点で批判的に描きました。「7759」は、足りない世界の美しさと、足りない世界の絶望を、同時に描きます。人間は美しいものを美しいと感じられるのに、「はちきれそうなくらいに幸せを感じ」ながら、すべてが終わっていく。阿部共実がいくつもの多種多様な物語でそれぞれ描いていた世界のいくつもの側面を、「7759」は丸ごとひとつの物語に封じ込めることに成功しているのです。

記憶の中の2人の笑顔と、真っ黒になった2人の横たわる姿が、そのすべてです。世界は、たしかにそうなっている。美しくて、足りない。足りなくて、美しい。いずれにせよ、終わる。

そうだ2人でパーティを抜け出さない?
みんなに隠れてこっそりとさ

世界はパーティで、2人はそこから抜け出した。その終幕は、美しく、幸福にあふれている。こんなにも美しい物語を、僕は見たことがありません。

ぜひ読んでください。

死に日々2

minekoukiさん(@minesweeper96)が投稿した写真 -