フォルカー・ザッテル『アンダー・コントロール』のフィルムが淡々と描く原発(&放射能)

滅びゆくものは美しい、とかなんとか。

映画『アンダーコントロール』公式サイト
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ドイツ原発見学ドキュメンタリー『アンダー・コントロール(Unter Kontrolle)』。フォルカー・ザッテル氏による、3.11以前に作られ、3.11以降に公開された映画です。

前提知識を少し。ドイツは3.11を受けて原発推進派のメルケル首相が脱原発に舵を切ったと報道されましたが、実際のところ、もともと2000年の段階で社会民主党と緑の党との連立政権が脱原発を決めていました。その後の政権交代によって、脱原発ムードへの見直しが行われていたというのが正確なところです。

そんなわけで、もともと原発廃止に向けて停止・解体作業が始まっていたドイツ。本作は、そんなドイツの原発の「ありのままの姿」と、解体にまつわる「困難さ」、無念を抱く原発従事者たちの表情を撮影しています。印象としては、まさに「工場見学」。全編を通じて、ナレーションは一切なし。淡々と、美しさすら感じる巨大建築、原子力発電所の様子を映し続けます。

なんとなく映画の内容や日本語版の予告編を眺めると原発批判作品に見えますが、実際に見てみると、できるだけフラットに原発を直視しようとするザッテル氏の意志を感じます(もちろん、完全に中立なドキュメンタリーなど実現不可能ですが)。実際の映画の雰囲気は、先に乗せた本国ドイツ版の予告編の方が近いと思います。本編の8割くらいは、ひたすら原発そのものやシステム、そこで働く人々を描きます。普通は見ることのない原子炉建屋の内部や、眩いばかりのコントロール・パネル群、そして、そこで鉄の意志を持って原子力をコントロールし続けるスタッフたち。映像として極めて美しく、羨望を覚えます。それは絵に描いたような「懐かしい未来」です。解体へと向かう描写は最後の2割くらい。反原発側の人間は一切出てきません。ただひたすらに、原発を“完璧に制御”するための機械と人間のシステム、原発が解体されていくことに悲しみを覚える人々、そして原発を解体することがいかに困難であるかを描きます。逆説的に、いかに原発がアン・コントローラブルなシステムなのかが伝わってくるようです。

特に印象的だったシーンは3点。

地下600メートルにある低・中放射性廃棄物の巨大な貯蔵庫へと進むカメラ。延々と積み上げられる黄色いドラム缶。「数は?」「分からない。個数ではなく、体積で数えるんだ。何立方メートルと」。

チェルノブイリ原発事故の影響から、稼働する前に計画中止となったカルカーの高速増殖炉SNR-300。冷却棟の中で回る空中ブランコ。テーマーパーク「ワンダーランド・カルカー」として生まれ変わった姿。

かつて、原子力が「夢のエネルギー」だった時代に生きた技術者へのインタビュー。「原子力は受け入れられなくなり、排除されていった。これほど威信を失い続ける存在はない」。

放射能を当てたフィルムからゆっくりと伝わってくる世界は、1つの映像作品として秀逸です。オススメ。