阿部共実の恐るべき言語感覚――コミックmotto! 収録『おもいでをまっくろに燃やして』『どうせ幽霊は僕だけを殺してくれない』

秋田書店「もっと!」の最終号が発売されました。

表紙は阿部共実。新作「おもいでをまっくろに燃やして」の2話目が収録されました。雑誌は休刊ということで、本作がどこかで継続連載されることを切に願っております。というのも、この「おもくろ」が、とても面白いからです。

「もっと!」で連載された前作「ちーちゃんはちょっと足りない」が大傑作なのはもう言うまでもないですよね!

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さて、「ちーちゃん」で「足りない少女」を描いた阿部共実は、新作「おもくろ」で何を描くのか。

おもいでをまっくろに燃やして

メインの登場人物は2人。実家暮らしで3ヶ月無職の26歳シングルマザー・相川桃子と、小学3年生でこの春から不登校の娘・相川水色。毎日、一緒に散歩して、一緒に遊ぶ、幸せな日々。発表されている2話で描かれているのは、本当に、ただひたすらにそれだけです。

白黒のページ、空白を多めにとったコマ構成ながら、驚くほど多くの色にあふれている紙面からは、2人のあまりにも幸せな日々がダイレクトに襲いかかってきます。僕はこれを読んでいるとなぜか泣けてきます。どうしてこんなに幸せそうなんだろう。どうしてこんなにカラフルなんだろう。どうしてこんなにも不安になるんだろう?

幸せとは何か。楽しい日々とは何か。「おもくろ」を読んでいると分からなくなります。無職のシングルマザーと不登校の娘という設定と、「おもいでをまっくろに燃やして」という不穏なタイトルからは想像もできないほど、この物語は美しく、幸福で、カラフルです。この日々が続かないことは、誰が見たって分かっている。この日々が続かないことなんて、誰だって知っている。幸せな日々とは永遠に続く拷問に他ならない。しかし、ならば、この美しさは無駄なのか。

ポエムっぽいモノローグが多いのも本作の特徴です。「かわいいもの」と「色」と「言葉」を調和させた、阿部共実らしいワンダーランド。娘・水色の可愛らしさはこの世のものとは思えず、きっといつか終わりゆく日々に心を揺さぶられるのみ。

黒い黒い空が
小さい小さい私たちに
雨粒を強く弱くたたく


雨の日って
なんでときめくの?
なんでせつないの?


どうだって
いいんだけど
そんなこと
ただ


いろいろと
思い出す

早く続きが読みたいけれど、この幸せな時間のまま止まってほしい気もします。でもそんなことを言うと、水色に怒られてしまうので、やっぱり続きが読みたいです。よろしくお願いします。

どうせ幽霊は僕だけを殺してくれない

今回、阿部共実はもう1作、エッセイマンガ「どうせ幽霊は僕だけを殺してくれない」も発表しています。

なかなかデビューできない漫画家志望の男(のシルエット)が、築30年の木造アパートで酒を飲みながら「僕だけが」と憂鬱なモノローグを垂れ流し続けるというマンガです。こわい。これデビュー前の阿部共実自身だよねきっと。

デビュー前の本人のブログでは、かなり不安定なことが書かれていたりして(現在は削除済み)、本作はそのころを彷彿とさせる内容です。この劣等感、「僕だけが」という感覚が、「空が灰色だから」や「ちーちゃんはちょっと足りない」を生み出したことは、容易に想像がつきます。普通とか普通じゃないとかは何なのか、どうして自分は足りないのか。だんだんと壊れていくモノローグが恐ろしい。

僕だけがちがう
僕だけがにせもの

阿部共実の魅力の1つに、独特の言語感覚があります。今回の「おもくろ」と「幽霊」は、どちらもその言語感覚が炸裂していて、痺れます。

すごい。本当にすごい…………。

阿部共実『空が灰色だから』5巻。完結。まあ別にどうだっていいんだけど - From The Inside
足りない、足りない、足りない。阿部共実『ちーちゃんはちょっと足りない』 - From The Inside