映画の可能性を拡張する、凡庸な悪のドキュメンタリー。ジョシュア・オッペンハイマー『アクト・オブ・キリング』

化け物のような映画です。ただし、それは登場する殺戮者たちに対する感情ではありません。

http://www.aok-movie.com/

ジョシュア・オッペンハイマー監督による“ドキュメンタリー映画”である本作は、1960年代インドネシアで起こった「共産主義者たち」に対する100万人規模の虐殺、その実行者たちの現在を描いています。「描いています」とは言うけれど、それは不正確で、正しくは「実行者たちが、かつての虐殺を『映画として再び演じる』」という映画です。

1965年の「9・30事件」を通じて行われた虐殺と同時に、スハルトが政権を獲得したため、実行者たちは罪に問われる事無く、むしろ「英雄」として現在も裕福な生活を送っています。被害者たちの取材を軍の圧力によって諦めざるを得なかったジョシュアは、被害者のひとりから「加害者を取材してくれ」と提案され実行。かつての虐殺を誇らしげに、積極的に語り、こうやってやったんだよと振る舞う海外者たちを見て、ある実行部隊のリーダーであったアンワル・コンゴに、ジョシュアは「映画として再び演じてみないか」と持ちかけます。

本作『アクト・オブ・キリング』において、彼らが撮影する「映画」は、ドキュメンタリー映画の一部として使用されるものとして、アンワルらの手によって制作されています。ジャケットを着こなす渋いジジイであるアンワルと、行動を共にするギャングのヘルマン・コト(マツコ・デラックスそっくり by 町山智浩)を中心とした「虐殺の加害者たち」の演ずるフィルムを、ジョシュアは即、彼ら自身に見せ、そうして得られる反応が本作の“ドキュメンタリー”としての映像を形作る。彼らは誇らしげに演じ、そしてそれを笑いながら鑑賞します。

しかし、アンワルは徐々に、感情的な変化を引き起こしていきます。それはまさに(越智啓太が指摘するように)心理療法そのものであり、また(想田和弘が指摘するように)アッバス・キアロスタミが『クローズ・アップ』で行った手法の拡大版であり、そして(町山智浩が指摘するように)ハンナ・アーレントがイェルサレムのアイヒマンに見いだした「凡庸な悪」の表出です。アンワルは1000人を殺害した虐殺者であるけれど、彼は極めて凡庸な老人でしかありません。そしてその凡庸な悪である老人は、自らのかつての振る舞いを再び演技として現在に呼び戻し、また被害者側の役柄を演じることで、自らの凡庸な悪という正体を発見し、嘔吐します。

もともとアメリカ映画を愛するダフ屋であったアンワルが、映画を参考にした殺し方で多くの人を虐殺し、そして現在、かつての振る舞いを映画撮影という形で再現し、映画の中で嘔吐する、そうして“ドキュメンタリー映画”『アクト・オブ・キリング』が完成する……。

ドキュメンタリーとは何か。ありのままを写し撮ることが不可能なのは言うまでもないことです。ドキュメンタリーとは演出に他なりません。ではこの映画は何か。かつての虐殺の当事者たちが自ら演じ、その様子をカメラに収め、映画の中で映画が撮影され、そのフィードバックが映画を形作り、悪い夢のような映像が生み出され続ける……。それでも本作は「撮影を通じて、人に、社会に、国家に影響を与える」という点で、圧倒的なまでに優れた“ドキュメンタリー映画”です。

見終えて真っ先に脳裏に浮かんだ言葉は「化け物」でした。それはアンワルに対してでもなければ、ヘルマンに対してでもありません。このような構造の映画を実際に制作し、撮影と制作と公開を通じて現実に大きな影響を与えたジョシュア・オッペンハイマーという監督の才能と執念に対してであり、同時に、そのような「凡庸な悪」を当たり前のように生み出している自分自身に対してです(言うまでもなく、世界はつながっている)。

イェルサレムのアイヒマンを「知識として」理解していた僕は、このフィルムを通じてようやく、「凡庸な悪」についてエモーショナルな意味で理解し始めることができたように感じます。エンド・ロールのクレジットに大量に並ぶ「ANONYMOUS」の文字(身の危険があるため、インドネシアに住む多くの共同制作者たちは名前を明かすことができない!)を見て、ジョシュア曰く“熱にうなされて見る夢”が脳を掻き乱していくのです…………。

本作は間違い無く「映画」という表現を新しい次元へと導く傑作です。僕はこの監督を、心から尊敬します。

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