村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』/坂上秋成『惜日のアリス』/沙羅とナルナが導く表裏一体の物語

この2つの小説がほぼ同じタイミングで出版されたことに、奇妙な運命を感じずにはいられません。

■ 村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

静かな物語です。強く結びついていたカラフルな仲間たちから排斥され死と向き合った青年・多崎つくるは、灰色の友人との交流で世界に色を取り戻すのでした、めでたしめでたし。そんな過去を回想する現在の多崎つくるは、ひとりの女性と向き合いながら、彼女に過去への巡礼の必要性を説かれ、過去の真実を知るべく旅に出ます。そうして(ほぼ)すべてを知った多崎つくるは、実らないかもしれない彼女との新たな世界へと足を踏み出そうとして、そこで物語が終わります。

「すべてが時の流れに消えてしまったわけじゃないんだ」

極めてミニマムで個人的な物語であり、それ故に多くの共感を呼ぶのだろうと感じます。巡礼の果てに得られるものが色彩に満ちているとは限らないけれど、そうして新しい勇気で踏み出した先に善き未来が待っているとは限らないけれど、それでも踏み出すのだと言い切るだけの優しい力が、この小説には満ちています。

■ 坂上秋成『惜日のアリス』

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丁寧な物語です。小説家を目指す少女は、詩を作る痛い男・算法寺と出会い、自らの中の言葉への真摯な思いを共有する相手を見つけることに成功したのでした、めでたしめでたし。そんな時間は長く続かず袂を分かって数年、レズビアンとなって子連れの女性と家族を作ったかつての少女は、過去からやってきた亡霊を言葉で切り刻んでしまい、それをきっかけとして崩れ始めた曖昧な世界に決着をつけるべく旅に出ます。そうして(ほぼ)すべてを知ったかつての少女は、今いる場所の崩壊を防ぐべく新しい勇気をもって戦い、得た未来の果てに物語の終わりが訪れます。

ねえ、ここは随分とあなたに優しい場所ね。

粗を見つけようと思えばいくらでも見つけられるけれど、やっぱりこれは丁寧で誠実で、真摯な物語と言わざるを得ません。村上春樹から多大な影響を受けている本作は、偶然にも村上春樹の新作とよく似た構造をとっていて、実に興味深い。そして、とても優しい物語です。それは、最後に世界の在り方を示した村上春樹との相違点とも言えます。

■ 沙羅とナルナ

『多崎つくる』における木元沙羅と、『惜日のアリス』におけるナルナの立ち位置はよく似ていますが、そのラストにおいて決定的な違いが現れます。自立した女性として描かれる沙羅には終盤である疑惑が暗示されるのに対し、ナルナは完璧な存在として(あるいは超越的な存在として)描かれる、という点です。沙羅との未来がうまくいくかは誰にも分かりませんが、ナルナには分かりやすい救いがあります。

どちらも抜群に良い小説であり、それ故、差異の明確さに心奪われます。それはどちらが優れているとか劣っているという話ではなく、物語に対する(あるいは言葉に対する)立場の表明のようなものなのでしょう。

この2冊に対して、大変困ったことに客観的な評価を下せずにいます。どちらもとても大切な本になりました。