ながいけん『第三世界の長井』を、物語の終わりと解釈して読む

ながいけんの新作が出ました。

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かつて『神聖モテモテ王国』でカルト的な人気を得ながら突如連載を中断、どこへ行ってしまったんだと言われていた、ながいけんの新作です。本作をどう解釈すれば良いのかよく分からないのですが、ひとまずこれを「物語の終わり」のテクストとして読んでみることにします。

1巻と2巻が同時発売された本作は、はっきり言って1巻を読んだだけでは何がなんだか分かりません。主人公らしき男「長井」はデッサンが狂っていて、比較的しっかりとした人物絵が描かれる作中で明らかに浮いており、また言動や設定には脈絡が無く、徹底的に無意味です。彼はこれまた意味不明な存在「博士」に命じられ、宇宙人とひとり戦うヒーローということになっています。すべてが無意味です。ギャグやパロディがふんだんに盛り込まれていますが、徹底的に無意味なので笑うよりむしろ怖くなってきます。

そんな「長井」を見つめ突っ込み続ける謎の青年とその仲間と思しき人々は、こう結論付けます。「長井は“アンカー”で決められた設定通りに動いている」と。

本作では徐々にいくつもの「設定」がアンカーとして記述されていきます。

  • 設定3 主人公は平凡な高校生(担当編集者くん)
  • 設定4 主人公は正義を愛し平和を慈しむ選ばれた勇者(二号くん)
  • 設定19 主人公は博士の命令でたった一人で世界を守らされる(匿名)
  • 設定23 主人公は博士と仲良し(一号くん)
  • 設定59 主人公の趣味は世界のコイン集め(荒井智之くん)
  • 設定77 主人公の父親はディオに間接的に殺害された(七号くん)
  • 設定98 長井が失敗すると「KOEI」と出る(ダ・ガマくん)
  • 設定140 主人公は急にティッシュ箱の構造にムチャクチャ興味を持って我を忘れてその構造の解明に取り組む(解説付きで)(伊藤くん)

こんな調子です。そしてそれらはすべて作中において「現実」になります。次第にアンカーは長井個人に留まらず、作中世界そのものに影響を与え始めます。例えばUFOが出てきたり、宇宙人の攻撃を長井がよけたことでヘリコプターが撃墜されたりします。ギャグっぽいですが、作中世界では事件として扱われます。笑えません。こうした世界構造の秘密は、2巻でようやく朧げながら見えてきます。

作中の“アンカー”は、僕らの良く知る“安価”の可能性があります。例えば「荒井智之くん」は、本作掲載誌であるゲッサンで連載をもっていた漫画家の荒井智之のことかもしれません。本作は、まさしくさまざまな人間のデタラメな安価によって決められたメチャクチャな設定たちをもとに作られたマンガであるように読めます(実際にそうかはともかく)。そうして、そんなメチャクチャな設定によって歪められていく作中世界を、どうせ終わる世界だけど、こんなバカな歪み方をして終わるなんてと途方に暮れる青年=元“神”……。これは設定によって駆動するポストモダンにおける「物語」を終わらせるための試みなのではないか? ……と、いくらでも深読みできます。面白いですね。

ギャグマンガとして、あるいはパロディ満載のマンガとして読めるけれど、笑いながら不安になって、世界のデタラメさに気付かされてハッと我にかえるような作品です。