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『ウィンターズ・ボーン』と『フェア・ゲーム』に見る、タフに生きられるという希望と、タフに生きざるを得ないという絶望について

最近、立て続けに良い映画を見ました。

ネタバレかもしれないのでご注意ください。

『ウィンターズ・ボーン』

家族のために、未来のために 映画「ウィンターズ・ボーン」で大人になることを考える

アメリカ中西部ミズーリ州の貧しい集落で、幼い弟と妹と暮らす主人公の少女。ある日、保安官がやってきて言う。「ドラッグの密造で逮捕されたお前の父親が、保釈後に行方不明になった。裁判に出廷しなければ、お前は家と土地を失う」。主人公は生活を守るため父を探し始めるが、集落の人々は何かを隠しているのか、協力的ではない。やがて村の「掟」に触れたとして……という話。

実際に、この地方には非常に貧しい集落が存在するそうです。キャストも実際の住人が混じっています。そこは、近代国家のシステムからこぼれ落ちた世界です。そんななかで、村のシステムからすらも見放されて、それでも人はタフに生きていけるか、という部分が非常に胸に迫ります。と同時に、そこまでしてタフに生きざるを得ないという生き方と、それはもしかしたら他人事ではないかもしれないという事実に愕然とします。

『フェア・ゲーム』

イラク戦争の真実をフェア・ゲームが暴く

アメリカで起きた「プレイム事件」を描いた映画。CIAの女性エージェントである主人公が、「イラクに大量破壊兵器が存在しない」ということを主張したがために、エージェントであることをアメリカ政府の何者かにばらされ、報復を受ける。主人公の夫は「政府と戦う」と行動を始めるが、そのことで夫婦の間に亀裂が入り……という話。

こちらも、アメリカというシステムの「おかしさ」を主張したがために、システムからこぼれ落ちて、それでも人はタフに生きていけるか、という内容です。そして、タフに生きざるを得ないのです。終盤で、「民主主義とは、簡単に与えられるものではない」と、主人公の夫は演説します。よく分からない巨大なシステムからこぼれ落ちて、それでもタフに生きなければ、システムそのものが崩壊してしまう、という事実に愕然とします。

タフに生きられるという希望と、タフに生きざるを得ないという絶望

タフに生きるためには、何が必要でしょうか。タフに生きざるを得ないのは、何故なのでしょうか。そんなことを考えてしまいます。良い映画を見ました。