千年の愉楽、ツアーパンダ2013、ミスミソウ

最近のいろいろです。

■ 若松孝二『千年の愉楽』

http://instagr.am/p/Wn2UmcIWf2/

若松孝二監督作品「千年の愉楽」公式ページ

昨年、交通事故で亡くなられた若松孝二監督の遺作。飲み屋でのケンカ仲間だったという中上健次の同名小説を映画化した本作は、紀州の“路地”に住む高貴で穢れた「中本の一統」の血を受け継ぐ男たちの人生を、路地の産婆「オリュウノオバ」が見つめるという物語です。

とにかくオバ役の寺島しのぶと半蔵役の高良健吾が素晴らしく、三好役の高岡蒼佑や達男役の染谷将太(大好きです)もすごく存在感があって、全体的にスクリーンから濃密な世界がぷんぷんとにおってくる強烈なフィルムに仕上がっていました。

路地の濃密な生にヤられる極上の2時間。中本の男は皆、あまりにも魅力的すぎて、男の僕が見ていてもクラクラきます。最高です。激しく生きてあっという間に散る姿は美しい。

初日の舞台挨拶回だったので、観客に女性が多かったのが印象的でした。若松監督、ありがとうございました。

若松孝二最期の映画『千年の愉楽』の衝撃 - エキサイトニュース
千年の愉楽:若松孝二監督の遺作 出演した井浦新と高良健吾が語る - MANTANWEB(まんたんウェブ)

■ 電気グルーヴ『ツアーパンダ2013』

http://instagr.am/p/Wyv0seIWeR/

電気グルーヴ OFFICIAL WEBSITE

客が3人とか瀧が死んだとかばかり流れていてアレなのでちゃんと内容も書こうという気持ちです。

行ったのは東京2日目。ツアーを見るのは「ツアーツアー」「叫び始まり爆発終わり」に続いて3度目、電気のライブ自体は昨年のWIRE12以来でした。agraphのオペレーションで音が始まると、点滴を打っている卓球を乗せた台車が瀧に押されて登場して大爆笑。クランケ代表! ステージ上に置かれた卓球と瀧を模したローポリゴンの“巨顔”にプロジェクション・マッピングを使うというとんでもないステージ演出で、でも2人は「くだらないことをしゃべりにきてるんだもん! くだらないことしゃべっておうたをうたったらお金もらえるんでしょ!?」である。MCで終止爆笑。最高。

内容は新アルバムを中心にしつつ、超意外なことに「アルペジ夫とオシ礼太」がめちゃくちゃカッコ良いアレンジで披露されたり、なぜか「HI-SCORE」と「モンキーに警告」という懐かしい曲をやったりでありました。新曲だと「Slow Motion」「Prof. Radio」「Oyster」がやっぱりライブで映える映える(Oysterの「シャーロック・ホームズ」のところで卓球がやってたのは古畑任三郎だと思う。くだらなすぎて笑った)。「Upside Down」はかなり盛り上がりました(卓球が「行き違いなりのテリトリー」の歌詞のところで頭をクルクルパーってしてたのは見逃さなかった!)。久しぶりの「あすなろサンシャイン」から「レアクティオーン」の流れはグッと来ました(ツアーツアー以来の「東京、お台場、アムステルダム」が出て泣きかける)。あとVJ担当Devicegirlsの和田さん、Kagami Tシャツ着てた! ナイス! 電気2人の顔パネルにパンダと魚が顔出してるけど魚の背が届いてないっていう映像ネタが一番笑いました。次点で「私は牡蠣になりたい」。

いやー笑った笑った。次はStar Fes.ですね!

電気グルーヴ@Zepp DiverCity Tokyo 2013.03.13 邦楽ライブレポート|音楽情報サイトrockinon.com(ロッキング・オン ドットコム)

■ 押切蓮介『ミスミソウ 完全版』

いいから黙って買って読め。

備考

上下巻とも描き下ろしが収録されているので、読んだことある人も当然のごとく買うべき。僕は上巻の描き下ろしで泣きました。ハイスコアガールで押切を知ったすべての人に。

職人の技術と哲学を受け継ぐために。デヴィッド・ゲルブ『二郎は鮨の夢を見る』

http://instagr.am/p/WYk1FLoWZi/

MUSVAFFIL l ムスバフィル |

引っ越しのドタバタが終わったら真っ先に見ようと思っていた映画『二郎は鮨の夢を見る』、ようやく見てきました。

本作は、東京・銀座の地下にあるお鮨屋さんの名店「すきやばし次郎」初代店主、小野二郎さんを中心に撮影されたドキュメンタリーです。監督はアメリカ人。つまりこの映画では「外から見た日本の鮨職人の姿」を見ることができます。

すきやばし次郎のことは知っていたものの、残念ながら実際に食べにいったことはありません(何しろメニューはおまかせコース3万円から、のみ!)。そんな僕がこの映画を見るということは、もはや苦行に近いものがありました。スクリーンの向こう側で次々と映し出されていく鮨たち! うおおそれを食わせろー!

映画『二郎は鮨の夢を見る』予告編 - YouTube

6年連続ミシュラン三ツ星、世界最高齢の三ツ星シェフである鮨職人、二郎。本作では彼の技術と哲学から始まり、2人の息子との関係性という領域へと踏み込んでいきます。本店の現在の店主である長男・禎一と、六本木ヒルズ店の店主である次男・隆士。偉大すぎる父は85歳にしてなお板場に立つ。息子はそれをいかに受け継ぎ、越えなければならないか。次第に本作は鮨を通じた、職人の技術を継承することの困難さという問題をあぶり出します。

すきやばし次郎本店のメンバーを見ていると、職人が組織を作り、技術と哲学を継承していくということがどういうことなのか、そのヒントが見えてきます。すでに二郎は自分で仕込みをすることはなく、握るだけです。ミシュラン三ツ星の初年度では、鮨を握ったのは長男・禎一であったとすら言います。「楽をさせてもらってる。一番、得をしている」と二郎は笑います。でも、それは重要なことです。自分ひとりの手で生み出したものを、継承していくためにはどうすればよいか。鮨の夢を受け継ぐことは可能なのか。シビれます。メトロポリタン・オペラの総帥という偉大な父をもつデヴィッド・ゲルブ監督が、鮨の向こう側に自らを重ねたことは想像に難くありません。

常に「もっと良いもの」を目指そうとする彼らの姿は、我々の「仕事」に対する姿勢を律してくれます。良い仕事をしましょう。そして、鮨を食べましょう。だから誰か、すきやばし次郎に連れていってください(でも本店に行ったら緊張してしまいそうです)。

銀座 すきやばし次郎 本店 鮨 - すきやばし次郎 SUKIYABASHI JIRO

2012 Best Movie Top10

10位からいきます。

10位

▽ アン・リンセル『ピナ・バウシュ 夢の教室』Tanzträume - Jugendliche tanzen Kontakthof von Pina Bausch

2009年に亡くなったバレエダンサー、ピナ・バウシュが、自らの代表作「コンタクトホーフ」を、ダンス経験のない40人の少年少女に踊らせる、そこに至る過程をとらえたドキュメンタリー。

ピナの名も知らず、ダンスをすることに恥じらいを見せ、異性との接触を躊躇う少年少女たちは、同時にそれぞれの等身大の悩みや葛藤をカメラに向かって吐露します。そうした戸惑いがやがてダンスという「表現」そのものによって脱構築され、コンタクトホーフという作品へと収斂していくまでを描いた本作は、1つの記録映像でありながら、よくできた寓話のようですらあります。「表現」という営みがもつ根源的な力をまざまざと見せつける、極めて暖かなフィルムです。ピナの指導風景というレア映像も見られてお得。

http://www.pina-yume.com/

[asin:B0084XK81G:detail]

9位

▽ 塚本晋也『KOTOKO』

「歌っているとき以外は他人が=社会が二重に見えてしまうシングルマザーKOTOKO(=Cocco)」を、彼女によって救済される小説家の田中(=塚本晋也)が見つめる、という(いろんな意味で)二重映画。

他人が=社会が二重に見えるKOTOKOが狂っているのではなく、社会と、社会を二重に見ることすらできない我々が狂っているのだ、という脅迫的な認識を覚えてしまうほどに、Coccoの踊る姿を田中=塚本は美しく撮ります。作品世界で撮り、映画そのものとして撮る。うまくできないと泣き叫び、体を切り刻むCoccoに救いを見いだしている時点でだいぶ狂っているので、救済は特にありません。ただひたすら「塚本的」であり続ける自分自身を呪いましょう。ラストはファンタジーのように思うけれど、意見が割れそう。

映画『KOTOKO』の公式サイト

[asin:B008BHN1WS:detail]

8位

▽ アスガル・ファルハーディー『別離』جدایی نادر از سیمین

イラン流ドロドロ離婚&介護&裁判ドラマ。

テヘランに住む夫婦は離婚調停中。妻は娘の教育のため海外移住がしたかった。でも夫はアルツハイマーの父の介護があるため移住に反対。妻は出て行き、夫はヘルパーとして若い女性を雇うが、彼女が父をベッドに縛り付けて外出中、父は意識不明で発見され、怒った夫はヘルパーを突き飛ばす。後に流産が発覚し、ヘルパーの夫が怒鳴り込んでくる。かくして論争は法廷へ……。ありがちなドロドロ展開でありながら、そこには普遍的な家族問題や介護問題と、イラン的な敬虔なイスラム教徒としての立ち位置が混在し、それぞれの主張とそれぞれの問題が複雑に絡み合って、何が正しいのか、何が間違っているのかが溶解していきます。どうすれば良かったのか?なんて、誰にも分からないでしょうね、きっと。

betsuri.com

[asin:B008YRDPGM:detail]

7位

▽ 園子温『希望の国』

みんな大好き園子温が描く原発フィクション。Notドキュメンタリー。

20kmという境界、妊娠し過剰に怯える女性、両親を探し続ける少女、人のいなくなった“圏内”を楽しそうに歩く認知症の母。3組の夫婦/カップルそれぞれ、震災以降を生きる様が描かれます。フィクションであるが故に、過剰なまでのリアリズムを映し出します。「早く帰ろうよう」という母の口癖がいつまでも耳に残る、渾身のフィルムに仕上がっています。雪の中を踊る姿はとても美しく、がれきの中を歩き続ける姿はとても力強く、そして遠く離れた海辺で笑う姿はとても恐ろしい。

The domain name kibounokuni.jp is for sale

6位

▽ ロバート・B・ウィード『映画と恋とウディ・アレン』Woody Allen: A Documentary

天才映画監督ウディ・アレンに密着したドキュメンタリー。

ニューヨークポストなどにジョークを投稿していた少年時代から、やがてジョーク・ライター、コメディアン、そして俳優から映画監督へと至る、そのすべてをきちんと追いかけ、同時にこれまで作品に出演したスカーレット・ヨハンソン、ナオミ・ワッツ、ダイアン・キートン(!)、ペネロペ・クルスなど錚々たる面々へのインタビューを交えて、ウディ・アレンという異能を浮き彫りにした、とても丁寧な作品です。しかしなによりも、やはりアレン自身へのインタビュー映像が素晴らしい。要するにこれは、被写体としてのウディ・アレンの良さを再認識するフィルムです。恋愛と死を常に同居させ続けるこの男の、ラストの言葉は最高に痺れます。「夢見たことで実現しなかったことは何もない。こんなにも運がよかったのに、人生の落後者の気分なのはなぜだろう」!

http://woody-documentary.jp/

5位

▽ ウディ・アレン『ミッドナイト・イン・パリ』Midnight in Paris

そんなウディ・アレンの、なぜか過去最大のヒット作となってしまったパリ啓蒙映画。

まずタイトルが良い。このタイトルで面白くないわけがない。そしてパリが良い。パリの情景が美しすぎる。アレンそんなにパリ好きだったの。出てくる人も素晴らしい。コール・ポーター、ジャン・コクトー、スコット&ゼルダ・フィッツジェラルド、アーネスト・ヘミングウェイ、ガートルード・スタイン、ダリ、パブロ・ピカソ、そしてロートレック、ゴーギャン、ドガ! やだなにそのオールスター。しかして本作の最も素晴らしいところは、現代から見て1920年代のパリが良かったよねと思っている人の目の前で、1920年代の人間はベル・エポックこそ至高と語り、ところがベル・エポックの時代で語られるのはルネサンス期の輝かしさである……というこの終わらない「ここではないどこか」への憧憬でしょう。そうして主人公のジルは過去への想いが相対的なものであると知り現代に戻るけれども、ハリウッドには帰らずに「ここではないどこか」であったパリに留まってしまう……。なんて人間は愚かで美しいのか! まあそんな感じです。

http://www.midnightinparis.jp/

[asin:B008RW9YW8:detail]

4位

▽ ラース・フォン・トリアー『メランコリア』Melancholia

鬱病になったトリアーpresents「ぼくのかんがえたさいきょうのせかいのおわり」。

とてもとても幸せなはずの結婚式で、不安定になって奇行に走り、すべてを失うジャスティン。もうこの前半の奇行っぷりが見ていて最高。幸せな世界で幸せになれない、幸せであること“そのもの”に幸せを感じられない人間の姿が生々しく描かれます。そうして廃人のようになってしまった彼女は、やがて地球に接近する惑星メランコリアと呼応するように、徐々に心の平穏を取り戻していきます。惑星が接近し、恐怖に戦いていく人々とは対照的に! 後半はもうただひたすら終わりゆく世界で菩薩のようになっていくジャスティンと、迫り来る美しい惑星メランコリアに心を奪われっぱなしになります。極めて身も蓋もない、世界の理不尽さをそのまま叩き付けるような、普通もうちょっとオブラートに包むだろというところで思いっきり豪速球ストレートを投げてしまったようなフィルムです。この世界は理不尽だ! だからこそメランコリアは美しい。

メランコリア [Blu-ray]

メランコリア [Blu-ray]

  • キルスティン・ダンスト
Amazon

3位

▽ タル・ベーラ『ニーチェの馬』A torinói ló

タル・ベーラ最後の作品は、神の天地創造1週間を逆回し!

哲学者ニーチェはトリノで馬の首をかき抱いて発狂した。その馬と過ごす1週間を淡々と描くのがこのフィルム。風吹きすさぶ荒涼とした地に住む父と娘と馬の、淡々とした日々です。そう、これはタル・ベーラ流の「日常系」なのである! 2日目に馬が動かなくなり、3日目にはエサを食べなくなり、4日目には井戸の水が枯れ、5日目には火が付かなくなり……。そうやって天地創造が逆回転していく中で、親子は淡々と日常を過ごします。モノクロ超長回しフィルムはミニマリズムの極北といった風情であり、観るものは例外無く沼の奥底へと引きずり込まれ、メランコリアとは逆に「淡々と世界が終わっていく」様子をボロボロになりながら見つめ続けさせられるのです。最後にイモを食べるシーンが最高。水がないので蒸かせない。火がつかないので焼けない。それでも「食べねばならぬ」と言って生でかじりつき、マズそうな顔をする。世界の終わりの地獄とは、すなわち我々の日常そのままである。

http://bitters.co.jp/uma/

[asin:B0098F40G8:detail]

2位

▽ 大林宣彦『この空の花―長岡花火物語』

素晴らしき哉、長岡ワンダーランド!

新潟県の長岡で毎年8月に打ち上げられる「長岡花火」と、戊辰戦争、真珠湾攻撃、長岡大空襲、新潟県中越沖地震、東日本大震災という歴史とを掛け合わせた一大叙事詩。大林監督の脳内をそのままフィルムに叩き付けてしまったかのような過剰さ爆発っぷりは長岡ワンダーランドを克明に描き切りました。長岡の高校教師・健一は、生徒の元木花から『まだ戦争には間に合う』という脚本を渡されます。生徒たちが演じることになったこの舞台を見に来ないかと、天草に住む元恋人の地方紙記者・玲子に手紙を出す健一。映画全体を通じて2人は、自らの心情や過去を、カメラに=客席に向かって文字通り「語り続けます」。3時間近くの長さの中で、過剰なまでに濃縮されたセリフが詰め込まれ、現在と過去の映像は一切の演出的説明なく混ぜ合わされます。すべてが過剰です。目眩がします。そのすべてが、一輪車に乗って泳ぐようにスクリーン上を駆ける元木花と、打ち上げられる長岡花火へと収斂していきます。これは泣くよ。僕は泣きました。こんな映画は見たことがない。脳髄が焼き切れるような映画体験と、元木花役の猪股南(一輪車の世界チャンピオン)という奇跡の目撃、2つの意味で圧倒的でした。

http://konosoranohana.jp/

1位

▽ アッバス・キアロスタミ『ライク・サムワン・イン・ラブ』Like Someone in Love

キアロスタミ! キアロスタミ!! キアロスタミ!!!!!!

アッバス・キアロスタミはやはりすごかった! キャストすべて日本人、舞台は日本、スタッフもほとんど日本人。キアロスタミが撮影した日本映画は、やはりキアロスタミであり、極上の映画でした。主要登場人物はたったの3人。デートクラブでアルバイトをする女子大生の明子、彼女を呼ぶ80歳を超えた元大学教授のタカシ、そして明子の婚約者ノリアキ。物語は24時間に満たない、とてもミニマムなフィルムです。にも関わらず、この映画は、世界の豊かさを教えてくれます。この世界は、生きる人々は、こんなにも豊かで、こんなにも複雑で、こんなにも見たことのない顔を持っている! フィルムの外側への想像力にあふれた芳醇な描写は、キアロスタミの手腕と手法(演者にその日の分の台本しか渡さず、先を教えない)、そして独特の映像に支えられているが故でしょう。エラ・フィッツジェラルドの「Like Someone in Love」を聴きながら、何度でも反芻してしまう、素晴らしい映画です。僕らは滑稽に生きるしかなく、空転する会話の中でため息をつくしかないけれど、それでも世界はこんなにも豊かで美しい。Like Someone in Love!

http://www.likesomeoneinlove.jp/

ロバート・レッドフォード『声をかくす人』、法と空気と不条理

The Conspirator.

http://distilleryimage5.s3.amazonaws.com/8f27a43e2bc011e2986c1231381920c4_7.jpg

http://www.koe-movie.com/

南北戦争の集結直後に起きたリンカーン大統領の暗殺事件。逮捕された犯人グループの中には、犯人にアジトを提供したという疑いが掛けられた南部出身の下宿屋、メアリー・サラットがいた。彼女は民間人であるにも関わらず軍法会議にかけられ、それでも無実を主張。元北軍の英雄フレデリックは彼女の弁護人として裁判に臨む――。

空気とは恐ろしいものであり、抗えないものである、というのがよく分かるフィルムに仕上がっています。北部の人間にとって、リンカーン暗殺の犯人グループは「裁判なんてとっとと終わらせて即死刑」みたいな感じです。サラットの弁護をするフレデリックもまた、白い目で見られ、迫害されていきます。有事の際に人間は空気に流されてしまうからこそ、法というものが存在するのであると思いつつ、法の運用をするのはまた人間だからみたいなところで、結局うまくいかない部分が出てくる。辛い。

最初は渋々引き受けたフレデリックも、裁判のあまりの強引さ(そもそも軍法会議であること自体がヤバい)故に正当な裁判を求めて戦います。しかし一方で、「サラットが無実を主張しながら、同時に守ろうとしているのは、逃亡中の息子なのでは?」という推理から、決定的な証言を持ってくれば、それすなわち息子を売ることになりサラットの意に反するというアンビバレントな状況で苦悩し始めるのです。

この世界は、何が正しいのかも、何が真実なのかも、何が最善なのかも分からりません。本質的に理不尽で不条理です。法に基づき信念を貫かなければと戦う者は、視点を変えれば裏切り者にしか見えなくなります。

この映画の結末は、史実を紐解けば載っています。それでも観るべきです。ぜひどうぞ。

映画『声をかくす人』10月銀座テアトルシネマ 他全国ロードショー - YouTube

庵野秀明『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』、絶望とエヴァの呪縛(ネタバレ注意)

ネタバレです。

http://distilleryimage1.s3.amazonaws.com/63529908303f11e29ae122000a1f9a03_7.jpg

エヴァンゲリオン公式サイト

うわあ、なんだか大変なことになっちゃったぞ。

序は徹底的にエンターテインメントで、破は徹底的にベタな希望を描いていました。破を見た後はそりゃあ僕も興奮して「ぽか波最高や!」とか言ってたわけです。

ヱヴァ破の話をもう少しだけ(ネタばれ) - From The Inside (Old / Hatena Diary)

僕は破のとき「14年の重み」という言い方をしました。テレビ版の1995年からから14年を経た2009年だからこそ、ベタな希望を描くことが許された、と。新劇場版は希望の物語であると。

で、Qですよ。えっ、本当に14年経ってた。マジか。

お年を召していないように見えるアスカさん(外見14歳で実は28歳)。外見が変わっていないのは「エヴァの呪縛」だといいます。うわああああああ14年間エヴァの呪縛でそのまんまってことかよおおおおおお。それなんて俺たち。これはひどい。さすが庵野! 俺たちにできない云々。

世界も自分もどうなったって構わない。あなたに代わりなどいない。僕は「あなた」を救いたい。そうやって救ったあと目が覚めたら、14年経っていて、みんな自分に冷たい目を向ける。救ったはずの「あなた」は今回も結局救えていなかったことが分かって、おまけに世界は自分の選択によって崩れ去っていた。自由意志による選択は失敗に終わり、惨劇だけが残された。この身に刻まれるは罪と罰。

それでも希望はあるとホモカヲルは言う。すべてをやり直せる道があるという。14年間眠っていた14歳の少年はそれにすがる。この槍を抜けばいいんだと暴走する。アスカさん(外見14歳で実は28歳)が「やめろガキシンジ」って言ったって止めやしない。28歳ならもうちょっとやり方があるんじゃないですかアスカさんと思うけどまあそんなもんだよね。

エヴァは徹底的なディスコミュニケーションの物語であったわけだけれど、今回ほどそれがひどい形で結実したことはなかったのではないでしょうか。崩れた世界で14年間戦い続けたミサトとアスカは、シンジ(=観客)から見るとひどいけど、そういう背景を考えることで理解できなくもない。故のディスコミュニケーション。ホモカヲルとのピアノの連弾と冬月おじいちゃんとの将棋が唯一の救いというひどい世界。

罪を負うのは辛い。自由意志による選択の責任は負わねばならない。でも罪を償うことすらできない。史上初めて苦悩の表情を見せたカヲルの心中やいかに。

キツいフィルムでした。序のエンターテインメントと、破の希望に震えたすべての観客をふるい落とさんとする庵野の意志を感じます。ああ、すごくエヴァっぽい。14年後の世界になっちゃって、ミサトさんは艦長になっちゃって、何もかも変わらずにはいられないけど、それ故に作品からどうしようもないほどの「エヴァっぽさ」がにじみ出ている。これを呪縛と呼ばずになんと呼ぶ。Q=急にして旧。最もエヴァから遠く離れ、そして最もエヴァに接近してしまったフィルム。

マリの鼻歌だけが、いつまでも耳に残る。呪縛なんぞ知ったことかという「外部」としての救い。呪縛に捕らわれた人々を、彼女はきっと馬鹿だにゃーくらいに思っていることでしょう。

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||に、つづく。

以下どうでもいい雑感

  • 一般の評価がどうなるか分かんないけど、僕は抜群に面白かったと思っています。エヴァはこれでいいんだよ。ラスト楽しみです
  • 今作のシンジが破のシンジさんから昔のシンジ君に戻ってしまった的な見方もできるけど、Qのシンジの苦悩は自意識に悩まされるかつての苦悩ではなく、自らの自由意志による選択の落とし前をどうつけるか、変わってしまった世界と周りの人々に対してどう動くかという苦悩であって、すごく成長していると見ます
  • Qはシンジとカヲルがホモホモしいみたいなことは予想されていたし実際そうなんだけど、むしろQは濃厚な百合フィルムであると主張したい。もちろんマリとアスカです。「姫」と「コネメガネ」ですよ。何それ漲る。しかも次回予告では8+2号機ですよ!
  • テレビ放映時に中学生だった僕はQ視聴時にミサトさんと同い年だみたいに思ってたら時代が進んでしまってむしろアスカさんと同年代になってしまった。不思議な感覚です。でも今回のミサトさんもカッコ良かったしお美しかった。うん、大人としてはだいぶダメだったけれど。その辺も愛おしい
  • まさかトウジの妹とは……
  • 綾波は僕らのトラウマ「レイIII」そのもの。諸君らの愛したぽか波は死んだ! 何故だ!
  • 全然違う話に見えて、カヲルがセントラルドグマを下っていって「あれなんか違くね」みたいなところテレビ版そのまんまというか、何度やってもこうなるんだな感があってすごく良いですね。苦悩するカヲル君って新鮮で見ててゾクゾクしました
  • 「旧劇場版はレイ(=母)を拒絶してアスカ(=他者)と生きることを選択したシンジ=現実と向き合え的メッセージで終わったわけですが、そのあたりはどうするつもりなのか」ということを破のときに書いたわけですが、Q自体が圧倒的なまでの現実だったわけで、さあラストをどうするかという……いやほんとどうすんのかなこれ……
  • ラストシーン、赤い大地でアスカとシンジっていうのはもうトラウマしかないわけだけど、ちゃーんとアスカがシンジを蹴り飛ばしてくれて、綾波もいて、3人で歩き出すというのは、絶望しかないQの中で唯一の希望となり得た感じがします
  • エンディングの宇多田ヒカル新曲、良かったですねえ。事前に宇多田新曲だって知っちゃった人もったいないと思います。見終えたあとiPhoneからiTunes Storeで即買いました。歌詞聞いてると本当に辛い

パナヒ、アシュラ、園子温、西島大介、とよ田みのる、柳原望、クノー、池田亮司

最近見聞きしたもの、書く暇がなかったのでまとめておきます。

■ ジャファール・パナヒ『これは映画ではない』

http://distilleryimage6.s3.amazonaws.com/3543437814f111e2afde22000a1ea02a_7.jpg

eigadewanai.com

反体制活動により「20年間の映画製作禁止」を命じられたイランの映画監督ジャファール・パナヒが、友人の映画監督を自宅に呼んでいろいろしているところを撮影した映画映像。

弁護士との電話での会話をそのまま撮影し、刑を言い渡される前に書いておいた脚本を読みながら家の中でテープを引いて再現するも「こんなことして何になるんだ」と途中で頭をかかえ、2人で映画を見ながら「ほら、ここで役者が監督を演出し始めたんだよ」「これは場所そのものが演出している」と語り合い、外で行われている火祭りの様子をiPhoneのムービーで撮影し始め、ゴミを収集しにきた管理人の後ろにくっついて撮影し……。映像データはUSBメモリに入れてこっそり国外に輸出したとか。

普通の人がやったら普通のホームムービーにしかならないのに、やけに面白いことが起きる面白い映像に仕上がっていて、本当は監督業やったんじゃないの?と思わずにはいられないシニカルな作品です。まさに天才。This Is Not a Film!

■ さとうけいいち『アシュラ』

http://distilleryimage8.s3.amazonaws.com/78127cda150711e2974222000a1cf75b_7.jpg

アニメ・ドラマ見逃し無料視聴まとめ |

ジョージ秋山先生の名作『アシュラ』がまさかのアニメ映画化。監督はタイバニのさとうけいいち。

生まれてすぐ親に捨てられ、けものとして生きてきたアシュラが、心優しい住職や少女と出会って成長と苦悩の中でもがくという心温まるヒューマンストーリーです。ちょうど映画館では隣のスクリーンでまどマギをやっていて、子どもが観て泣いちゃったみたいな話がありましたが、アシュラは僕が観たときに後ろに小さな女の子連れの親子がいて、最後まで真剣に観ていました。キッズにもオススメです。人を食べる描写とかあるけど。原作は発禁になったりしたけど。

CG、どうなのかなと思いましたが、これはこれで面白い表現だなあと思いました。アシュラの声がどうしても孫悟空にしか聞こえないのは仕様です。

■ 園子温『希望の国』

http://distilleryimage1.s3.amazonaws.com/2aae45741aa611e2aa0322000a1fa408_7.jpg

The domain name kibounokuni.jp is for sale

『ヒミズ』では飽き足らず、本格的に震災&原発映画を撮ることにした、みんな大好き園監督の最新作。

原発事故に翻弄される3組の男女を中心に描かれる物語。あえてドキュメンタリーにしなかった点は非常に好感が持てます。夏八木勲と大谷直子が演じる主人公の老夫婦が素晴らしくて、もうお父さんカッコ良すぎるし、お母さん可愛すぎる。後半の盆踊りに向かうシーン良いです。息子夫婦の方は放射能恐怖症に対する引きつった笑いみたいなものを描写しつつ、若い恋人同士のミツルとヨーコが爽やかなので救われる感じ。

「そろそろ帰ろうよう」という、認知症のお母さんの口癖が完璧すぎると思いませんか。園監督はあんまり好みではないので期待してなかったんだけど、なかなか良かったです。

■ 西島大介『Young, Alive, in Love 1』

[asin:4088794524:image:large]

Young,Alive,in Love 1 (ヤングジャンプコミックス) | 西島 大介 |本 | 通販 | Amazon

ベトナム戦争の次は幽霊と戦うことにしたらしい西島先生の最新作。

巨大な「湯沸かし器」のある街、東京都M市に住む普通の高校生マコトと、見えない幽霊が見えるというスピリチュアル少女マナのLOVE&POPな恋とマシンガン。西島流ポップは放射能を「幽霊」として描くことにしたようです。

何もかもを湯沸かし器でぐつぐつ煮てみたらこうなりましたみたいな感じで、2巻が楽しみです。

http://jumpx.jp/w/yal/
http://www.s-manga.net/comics_new/cn_20121010_jk_yjc_9784088794525_young-alive-in-love-1k_G1Kf8QOP.html

■ とよ田みのる『タケヲちゃん物怪録 2』

[asin:4091238793:image:large]

タケヲちゃん物怪録 (2) (ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル) | とよ田 みのる |本 | 通販 | Amazon

1巻とは打って変わってにぎやかな装丁に変貌した2巻です。「えーっ!!!」とたまげる天丼ネタは漫☆画太郎オマージュなのか。

ベースの稲生物怪録との関わりという点では、神野悪五郎ならぬ神野悪六郎がしっかり出てきたりしつつ、だいたい妖怪がにぎやかに何かやってるみたいなノリは変わらず。雪女 風花が可愛すぎて生きるのが辛い。坂田金時の子孫も出てきてキャラクターは盤石になった感じ。毎回毎回、よくこんなネーム思いつくな……と感心することしきりで、やっぱりとよ田先生は天才だなと思わずにはいられない。

とよ田みのる『タケヲちゃん物怪録』『CATCH&THROW』に見る愛とコミュニケーション - From The Inside

■ とよ田みのる『ラブロマ 新装版 1』

ラブロマ 1 (ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル)

ラブロマ 1 (ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル) | とよ田 みのる |本 | 通販 | Amazon

そんな天才とよ田先生のデビュー作が新装版になったよ! わぁい!

何も言うことがないくらい名作なので、読んだことがない人は買うといいのでは。僕は読んだことあるけど買いました。とよ田先生の基本線である「愛とコミュニケーション」のすべてが込められた超ドストレートな夫婦漫才物語です。

表紙はDEMO TRACK SIDE Bの遊園地デート。左下にちゃんと塚原とヨーコちゃんがいるの素晴らしいですね(僕はこの2人が大好きです)。装丁すごく良い。

■ 柳原望『理不尽のみかた 1』

[asin:4592198514:image:large]

理不尽のみかた 1 (花とゆめCOMICS) | 柳原望 |本 | 通販 | Amazon

『高杉さん家のおべんとう』という名作を連載中の柳原先生が、不定期で連載していた理不尽漫画。

国民から選ばれた11人の審査員が不起訴処分について審査する「検察審査会」という仕組みがありまして、主人公はその事務官さん。ありとあらゆる「理不尽」を訴えられる彼女は、自身の「理不尽」に戸惑いながら、隣に引っ越してきた元気な日本オタクのイギリス人留学生の影響を受けて「理不尽の見方」を変えて「理不尽の味方」になるというお話です。

丁寧に、現場の「理不尽」なエピソードを取り上げながら、なぜ僕らの社会には「理不尽」があふれているのか、どう「仕方ない」なんて言いながら理不尽と向き合うべきかを教えてくれる、優しい漫画に仕上がっています。柳原さんすごいなあー。

■ レーモン・クノー『文体練習 レーモン・クノー・コレクション 7』(松島征・河田学・原野葉子・福田裕大 訳)

http://distilleryimage7.s3.amazonaws.com/cbdac99a1b5011e282b422000a1c8870_7.jpg

文体練習 (レーモン・クノー・コレクション 7) | レーモン・クノー, 松島 征 |本 | 通販 | Amazon

フランスの詩人で小説家のレーモン・クノーの1947年の実験的超名作『文体練習』が新たに翻訳されたので購入しました。

京都大学の故・松島征名誉教授が途中まで翻訳していたものを3人の弟子が引き継いで完成させたという1冊。「たった1Pで完結する、お話とも言えないような小さなエピソードを、99の文体で書く」という頭がおかしいとしか思えない試みが為されている本作、原書は当然フランス語なわけですが、それを日本語でいかに表現し直すか、という点が注目ポイントです。

これまでの文体練習の翻訳は、忠実に訳すのではなく、個々の文体の試みを咀嚼した上で、日本語で置き換える、というものが主流でした。しかし本書は、クノーがテクストに潜ませたいくつもの「謎」と「仕掛け」をあぶり出さんがために、あえて原文に忠実に訳しています。いかにしてクノーのテクストに接近するか……という試みはエキサイティングです。何度でも読み返そうと思います。

もちろんそんなに頭でっかちにならなくとも、ひとつひとつの文体はどれも笑えますし、装丁も可愛らしいし(なぜAmazonに書影が無いのか!)、各章のタイトルのデザインも凝っていて、ぱらぱらめくっているだけで楽しい本に仕上がっています。久々に、良い「本」と出会えました。

blog 水声社 » Blog Archive » 9月の新刊:『文体練習』
http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/121013/wlf12101315300026-n1.htm

■ 池田亮司 『datamatics [ver.2.0]』(KYOTO EXPERIMENT 2012)

http://distilleryimage10.s3.amazonaws.com/fd0ac4dc1a8a11e2a0d822000a1c42d1_7.jpg

http://kyoto-ex.jp/program/ryoji_ikeda/

日本が世界に誇る電子音楽/ビジュアルアーティスト池田亮司の最新作が、京都で開催されているKYOTO EXPERIMENT 2012(京都国際舞台芸術祭)の一環で披露されたので、喜び勇んで観てきました。

京都造形芸術大学のキャンパス内にある京都芸術劇場 春秋座の巨大スクリーン&秀逸なサウンドシステムから発せられる、池田亮司の強烈な音と映像の塊にノックアウトされました。低音で服が揺れるのクラブっぽくてすごく良い。座ってたけど、周りが許せば踊りたかったくらい、アグレッシブで豊かな音像でした。世界の「データ」を音と映像に変換するとこうなるのかー、と考えるんだけど、思考をズタズタに切り裂くような迫力があって、ただの実験的アートではなく、ちゃんと美しい音楽と映像に仕上がっている点、やっぱり池田さんすごいよなあと打ちのめされました。来年公開予定という『superposition』も楽しみです。

東京の方は、10月25日から27日までの3日間、渋谷WWWで計5公演するようなので、ぜひ行ってみては……と思ったけどSOLD OUTだった。もし当日券が出たら絶対に行った方が良いです。27日には同じく渋谷WWWでなんとJeff Millsと一緒に出演してtest pattern [live set]も披露するそうです。行きてー。

http://www-shibuya.jp/schedule/1210/002577.html
http://www-shibuya.jp/schedule/1210/002926.html

アッバス・キアロスタミ『ライク・サムワン・イン・ラブ』は世界の豊かさを教えてくれる

Like someone in love.

f:id:minesweeper96:20120915202615j:plain:w500

http://www.likesomeoneinlove.jp/

初めて見たアッバス・キアロスタミ監督の作品は、たしか『桜桃の味』だったと思います。まだ幼かった僕はその魅力を存分に味わえなかったように記憶していますが、心の片隅に「こんな表現があり得るのか」と引っかかり続ける作品でした。

そんなキアロスタミ監督の最新作です。舞台は日本、キャストはすべて日本人、スタッフもほとんど日本人。うわあどうなるのと思ったら、これが本当に素晴らしかった! どうしてイラン人にこんなにも見事な日本が描けるのか? と同時に、日本でしかあり得ないのに日本ではない場所のような空間をどうしてこんなにも魅力的に撮影できるのか? こんなにもミニマムなストーリーからどうしてかくも世界が豊かであることを暗示できるのか? 脱帽というほかありません。

登場人物の素性や設定などは作中でほとんど説明されませんが、お話がとてもミニマムで、主要な登場人物もたったの3人ということもあり、徐々にその人がどういう人で、何を考えていて、カメラが当たっていない部分で何をしているのかが透けて見えてきます。この「カメラが当たっていない部分」という思考こそがポイントです。この映画は極めてミニマムに人生の一場面を切り取ることで、「カメラが当たっていない部分」の豊かさを観る者に提示します。

映画『ライク・サムワン・イン・ラブ』予告編 - YouTube

デートクラブでアルバイトをする明子は、彼女に会うために上京してきた祖母に会いたかった。でも今日の仕事は明子ではないとダメなのだという。仕方なくタクシーに乗り込む明子は、車内で何件もの祖母からの留守番電話を聞く。駅でひとり待つ祖母を車内から探し、それでも彼女は相手の家へ向かう。呼んだのは、80歳を超えた元大学教授のタカシ。彼の家に飾られた妻の写真は、明子によく似ていた。タカシは料理とお酒を用意するが、祖母のことをで頭がいっぱいの明子は手をつけずに寝室へと向かう。翌朝、明子の大学へ車で送ったタカシは、明子と言い争いをする婚約者のノリアキと出会う。彼はタカシを明子の祖父だと勘違いし、タカシは話を合わせるが——。

祖母からの留守番電話。エラ・フィッツジェラルドの『Live someone in love』が流れるタカシの部屋。壁に飾られた矢崎千代治の『教鵡』。車中でまどろむ明子。そして3人の車中での奇妙なディスコミュニケーション。物語はたったの24時間にも満たないのに、このフィルムは映画というフレームの外側にある、それぞれの人生と、膨大な世界を感じさせてくれます。窓ガラスや車のフロントガラスなど、反射する「境界」を効果的に使用している点も見逃せません。ガラス越しに見る世界は、とても豊かで、めまいがしそうです。

映画のストーリーと同じ順番で撮影をすることで知られるキアロスタミ監督。主演の3人は、毎日「その日の分の脚本」しか渡されなかったそうです。つまり、観ている観客と同様に、演じている3人も、その先や、あるいは自らのバックグラウンドを知らずにセリフを発しているのです。だからこそ、この映画は「カメラが当たっていない部分」への想像力にあふれた空気が流れているのでしょう。

世界の豊かさに呆然とし、小さな出来事に笑い、そして通じ合えず空転する言葉の数々にため息をつく。そんな映画です。

【カンヌレポート】加瀬亮、イランの巨匠・キアロスタミ監督と共に喝采浴びる! | cinemacafe.net
http://www.nikkei.com/article/DGXBZO41687970S2A520C1000000/
高梨臨、イランの巨匠・キアロスタミにいじめられた? | cinemacafe.net
河北新報/(6)表現への規制厳しく/キアロスタミ監督の『ライク・サムワン・イン・ラブ』 - シネマに包まれて-映画祭報告
加瀬亮が語る『ライク・サムワン・イン・ラブ』の魅力とは|ニュース|映画情報のぴあ映画生活(1ページ)

ヨルゴス・ランティモス『籠の中の乙女』、知恵の実を食べて楽園を出た先にあるもの

痛い映画です。

f:id:minesweeper96:20120901164443j:plain:w500

映画『籠の中の乙女』公式サイト

ヤバいものを見た感が満載。ギリシャの裕福そうな家庭で、男1人と女2人の兄妹&両親の5人が暮らしていました。ところが子ども3人はどうも言っていることがおかしい。なんと父は「家の敷地の外は危険で車が無いと出られない」と教え込み、一歩も外部に出さないまま育て上げてしまった……という完全にイっちゃっている設定です。

なぜ父(と母)がそのように子どもたちを育てることにしたのかについては一切、語られません。語られないから余計に怖いですね。しかし、ひとつだけ言えることは、この両親は「本気で子供たちのためにやっている」ということ。もうダメだ……。

しかし無理は出てくるもので、ひとり息子もいい歳なので、性欲処理が必要となってしまいます。父は自身が勤める会社の警備員の女性に金を渡し、息子の“相手”をさせます。ところがこの女性は姉妹に接近し、少しずつ外の知識を与えてしまいます。ついには1人が彼女の持っていた映画のビデオを得てしまい、“知恵の実”を食べてしまいます。この知恵の実が『ジョーズ』『ロッキー』『フラッシュダンス』というところが最高です。

娘に余計な知恵を与えた蛇=警備員の女性を殴り倒した父は、今度は知恵の実を食べてしまった娘に息子の“相手”をさせます。そんな娘はある日ついに一大決心。常々「外に出られるようになるのは、犬歯が抜けて一人前の大人になったときだ」と教育されてきた彼女は、自らの手で、犬歯を! 痛い!(ちなみに本作の原題は『Dogtooth』!)

かくして彼女は「ある手段」で楽園を出るわけですが……ラストシーンが完璧すぎて鳥肌が立ってしまいました。籠の中の鳥が知恵の実を食べて楽園から出たら、その先にあるのがコレかよ!という。皮肉にも、楽園に残ったほかの子供たちの方が実は幸せだったんじゃない?と一瞬でも思わせてしまう恐ろしいラストです。

それにしても、この狂いっぷり&鬱屈っぷりは、いまこの時代のギリシャという国だからこそ出来上がったのでは……と思わずにはいられません。いろいろとヤバい状態であるギリシャという“楽園”を出た者の末路は……? ううう、キツすぎる。

イメージビジュアルでも使われている、フラッシュダンスのシーンは必見です。あ、でも痛いのがダメな人と猫が好きな人は見ない方がいいかもしれませんね。

- YouTube

凶暴な正気、発狂したタイムテーブル、非日常の目眩、そして「E2-E4」——『FREEDOMMUNE 0<ZERO> A NEW ZERO 2012』レポート

f:id:minesweeper96:20120812192206j:plain

http://www.dommune.com/freedommunezero2012/

目眩がする。未だに夢だったのではないかと。

19時ごろに会場入り。場内をぶらりと散策。まだ人もまばら。けっこう大胆なフロア作りながら、ステージごとの音が混じっていないのは好印象。隠し部屋のように存在する小さなフロア<FLOOR DOPENESS>で早くも飛ばしているHiroshi Watanabeに圧倒されつつ、ライブステージ<MAKUHARI BUDOHKAN>へ。タコ!!!

ステージ上で繰り広げられる寸劇。やがて叫ばれる言葉。「タコを呼んでください!」「タコを呼んでください!!!」うわああああああ、山崎春美だ、本物だよ! ソリッドなドラムに合わせて、山崎が叫び、ロリータ順子役の鎖帷子レイコが歌う。そして順次登場する佐藤薫とJOJO広重! 完璧すぎました。初っぱなからコレで俄然テンションが上がる。

https://twitter.com/techno_1topi/status/234235999918649345

そう、MAKUHARI BUDOHKANは舞台セットも素晴らしかった。上部が4面巨大スクリーンになっていて、山崎やレイコがアップで映し出される。カッコいい。

会場をぶらついて、もんじゅ君の写真を撮ったり、意外な旧友と落ち合って「老けたな」とか5回くらい言われたりしつつ(絶対に許さない)、キング・オブ・ノイズこと非常階段へ。強烈。音で人が殺せるんじゃないかと。しかも気付けばステージ上にもんじゅ君が。もんじゅ君パンクすぎる……。同時間帯のTowa Teiと行ったり来たりする。楽しい。

https://twitter.com/techno_1topi/status/234254397373284352

この辺りですでに「ヤバい」しか言ってない。あと@techno_1topiは僕がやってるテクノ・ミュージック情報のTwitterアカウントなんだけどタコとか非常階段のpostしてて完全にただの迷惑だと思った。

このあと、本来であればどう考えてもLogic Systemに突っ込むところなのだが、完全スルーを悔しく思いながらトークブース<TALKING DOME>へ。夏目漱石の脳と人形が置かれていて、右からやくしまるえつこの声で、左から夏目漱石の声(頭蓋骨から推測し合成した声)で朗読が行われているというぶっ飛んだギャラリーを横目に、ステージ上では奥泉光のフルート演奏にあわせ、いとうせいこうが夏目漱石の『草枕』をパンク風に朗読していた。なにこの空間こわい。

そして本日の目玉その1「この空の花を語る 第三章」。先日のエントリーでもいかに素晴らしいか書いたけれど『この空の花』は今のところ2012年に見た映画の中で文句なしのトップということもあり、このトークも楽しみにしていました。だって何しろ、大林宣彦監督に、この映画を過剰なまでに愛する最強の黒幕コラムニスト中森明夫と最強の美術評論家 椹木野衣、そして「元木花」役で素晴らしい演技&一輪車を披露してくれた猪股南!(Tweetで誤字陳謝!)

息が止まるかと思った。舞台前で待ってたら久石譲のあのBGMが流れ始めて、場内がざわついたから何だろうと右の方を向いたら、まさに目の前で、ステージ上ではなく同じ床の上で、“元木花”が一輪車に乗ってくるくると回っているではないか! 一輪車の世界大会優勝者である彼女の怖いくらいに美しい演技で完全にノックアウト。そしてステージ上に現れる大林監督!!!!!!

大林監督にかかれば、この壮絶なメンツも「椹木ちゃん」「中森ちゃん」扱い。ゆっくりと、優しい語り口で映画のこと、戦争のこと、花火のこと、そして猪股南のことを語る大林監督は、まさに現代の賢人と呼ぶに相応しい佇まいでした。この日、最もRockしていた1人でもありますね。特に印象的だったのが、大林監督の語る「凶暴な正気」というフレーズ。「凶暴な狂気に対して、平和を実現するのは優しさではない。それじゃあ飲み込まれてしまう。凶暴な正気が必要なんだ」というセリフは、まさに『この空の花』という映画そのものであり、大林監督の存在そのものでありました。

トーク終了後、急いで<EXTREAM ZERO>ヘ。メルツバウ! 最後の少しだけ見ることができました。轟音。レーザー。壮絶。なにこれ本当にこの世のものなの?みたいな感じ。ノイズという言葉で括るのすら烏滸がましい、日本が世界に誇る「音の塊」を体験させていただきました。

https://twitter.com/techno_1topi/status/234276400402665472

完全に夢うつつ状態で再びトークブースへ。人が多い。デヴィ夫人! これは現実の出来事なのか……さっきまでメルツバウ聴いてたのにデヴィ夫人がいる……。

軽く眺めたあとは、不失者=灰野敬二とKen Ishiiを交互に見る。

https://twitter.com/techno_1topi/status/234293064091439105

少し後で宇川さんも「配信されてる画面を見て寒気がした。灰野さんが映ってる下にデヴィ夫人がいるんだよ? 別のとこではKen Ishiiがプレイしててさ。発狂してるよね、このタイムテーブル」と言っていたが、まさにその通り。イベントそのものが、発狂してる。

さらにタワレコ社長と宇川の「TOWER RECORDOMMUNE SHIBUYA」発表会見へ。「裏番組をもプロデュースすることになっちゃった」「CDというパッケージのアウラを」「メルツバウは一点もので車付きCDを売った。確実に事故ってるよね。タワレコも車を売れば良い!」うける。

https://twitter.com/techno_1topi/status/234315064738476033

TOWER RECORDOMMUNE SHIBUYA | タワーレコードミューン シブヤって何だった?

ものすごい混み方をしている小室哲哉を遠くから眺めて「おーGet Wildだー」と思いながらDVS1で踊る。BPM速い。ご飯食べて友人とダベりながら休憩した後、Nobuちゃんへ。激Dope!!!

https://twitter.com/techno_1topi/status/234324894047956992https://twitter.com/techno_1topi/status/234346986659258368

3:30。場内でもだいぶ落ちてる人が増えてきた。で、トークブースである。「TALKING ABOUT 風営法!第二章〜『踊ってはいけない国、日本』完成記念鼎談」、宮台真司&松沢呉一&磯部涼!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

今回はクラブ問題そのものより、その前提となる、性風俗産業と風営法のこれまでの流れがメイン。宮台センセと呉一さん、得意分野だからしゃべるしゃべる。特に、久々にご尊顔を拝見した宮台センセの荒ぶり方といったら!「国は江戸時代から芝居と性を規制し、それぞれひとつの場所にまとめた。共通点が分かりますか?『目眩』です」「社会にはシワがある。シワを伸ばせば、別のところにシワが寄る。いいですか、社会からシワを失くすことは、できません。シワを見えなくすればそれでいいのか。見えない場所にシワが寄って、それで良いのか。それは、無責任です」「夜に若者が居られる場所は無くなった」「寛容さが無い」「なんて、貧しい社会なんでしょう、ね!」「非常階段はね、京都でライブやってたときは、ステージ上で、うんこしたりするんですよ! 火をつけたりね! ところがこれがクワトロでのライブになると、火をつける、フリ。残念ですよね。いや、仕方ないじゃないか、火事になったらどうするんだー。それでも僕は残念です。僕はダメな人間なのでしょうか?」

目眩がした。というより、もうずっと、10時間弱、目眩がし続けている。そう、目眩だ。目眩が、発狂が、凶暴な正気が認められる社会を。

そうして最後のステージ。マニュエル・ゲッチングだ。

ベルリンからこの日のために、神様がやって来た。テクノ、ハウス、アンビエントの誕生を“予言”した伝説の名作「E2-E4」が、生で演奏されている。ラップトップから放たれるリズムマシンのビートとシンセの電子音に合わせて、ゲッチングがギターを弾く。上空の4面スクリーンには、幾何学模様が上昇していく様子が映し出される。めちゃくちゃカッコいい。涙が出そうだ。ガンガンに踊る。

音が止まる。Thank youと言ってお辞儀をするゲッチング。沸く場内。ステージに飛び出してきてゲッチングと抱き合う宇川。そして叫ぶ。「生E2-E4、ヤバかったですね。12時間ありがとう。でも募金が足りないんだよ!」しました><

再び音が鳴る。ゆったりとした過去のアルバムからのナンバー、そしてダンスビートが映える新曲(!?)を披露。音と光の粒が飛んで弾ける。感無量。

新幹線に乗って帰宅して、寝て、起きて、いまこの文章を打っているんだけど、あれもしかして夢だったのかなと思うくらい、とんでもない夜だった。

皆さん、お疲れさまでした。

FREEDOMMUNEに行ってきます

http://www.dommune.com/freedommunezero2012/
http://www.dommune.com/freedommunezero2012/live/

ということで明日は幕張メッセに行ってきます。去年はこれのために夏休みまで取ったのに豪雨で中止になって自宅で夜中まで配信してたの見てJGOとか快楽亭ブラック師匠とかで笑ってたけど、今年は屋根があるので明日は雨っぽいけど大丈夫だと思います。屋根があるの便利だと思いました。

これだけマニアックだったり前衛的だったりするメンツを集めて大丈夫なのかとかいろいろ不安になりますが、Manuel Göttsching、Heiko Laux、DVS1、Merzbow、Logic System、DJ Nobu、Hiroshi Watanabe、幻の名盤解放同盟、「この空の花を語る・第三章」大林宣彦×椹木野衣×中森明夫×猪股南、「デヴィ夫人の超真実」デヴィ・スカルノ×五所純子、「TALKING ABOUT 風営法!第二章〜『踊ってはいけない国、日本』完成記念鼎談」宮台真司×松沢呉一×磯部涼、あたりに期待しています。結構、被ってたりするんですけどね……。タコと非常階段は見るの怖いけどチラ見しようと思います。怖いけど。